1月31日落語会3
仲入り
太田 博先生(司会) 【座談会】
三遊亭 小遊三師匠 十代目桂文治を語る♪
柳家 蝠丸師匠
桂 伸治師匠
桂 文治師匠(当代)
桂 宮治さん
圧巻でした♪この座談会♪
座談会だけで、40〜45分くらい
\(^o^)/
司会には、元?現役?朝日新聞社の古典芸能記事担当の太田博先生♪
十年くらい前に、十代目桂文治師匠の本を書かれて出版した事があるそうです♪
それに、先代の文治師匠とは、よく飲んだ仲間みたいです♪
太:『12年前の今日、1月31日に十代目桂文治さんが亡くなられまして・・・
通りがかりの小遊三師匠は、どのような思い出が・・・?』
舞台上には、座談会のパネラーの間間に先代の文治師匠の写真が三種類飾られています♪
小:『こういう、写真を見ますと・・・
そこらへんに、まだ、居るんじゃないか?ってね♪・・・』
太:『どのような芸人さんでした?』
小:『芸をおしまない師匠でしたね♪
【能ある鷹は爪を隠す】なんて言いますが・・・』
太:『先代の文治さんが、落語芸術協会の会長をされていた頃、小遊三師匠は、理事として、会長を補佐されていましたよね♪』
小:『会合などに、よく遅刻してきましたよねぇ〜♪』
この辺りから、誰の発言かは・・・?分からなくなってしまいますが・・・
・『遅刻って言えば・・・自分自身の十代目桂文治襲名披露の口上にも遅刻しましたから・・・』
\(^o^)/
・『口上に、列席してくださったのが、稲荷町の彦六師匠で・・・
遅刻で、襲名する、当人の文治の所が空席での、襲名披露に・・・
彦六師匠が言ってましたが・・・
彦六:『あたしゃ〜♪こんな口上やった事がない〜♪』って・・・』
\(^o^)/
・『遅刻するのも・・・
目の前に気になる事があると・・・
気がそっちにいってしまう♪
こんな事が有りました♪
ある日、寄席の出番が終わり、寄席を出て、すぐ側の喫茶店で、落ち着いていましたら・・・
店の前を師匠文治が通り過ぎました♪
店を出て、師匠に声をかけるのも・・・億劫でしたので・・・
その通り過ぎた師匠には、声をかけないで・・・
はぁ〜ヤレヤレって・・・♪
すると・・・店の前を通り過ぎた、師匠文治が、また、店の前を反対側に通り過ぎて行くんです!
ビックリしましたが・・・
なんと・・・師匠文治は、空きカン蹴りに夢中になってしまいました・・・』
・『何か気になる事があると・・・そこに意識が集中してしまうだね♪』
・『文治が亡くなった、1月31日ですが・・・
丁度、この1月31日までが、落語芸術協会の会長の任期でして、任期満了のその日に亡くなったんです!』
会長の重責を全うされたんですね♪
・『その後の、落語芸術協会の役員人事も、任期満了前に既に決まっており、亡くなる前日の1月30日に真打以上の弟子?協会員?が面会に行きました。
最後に会ったのは・・・それが最後でした』
太:『桂文治一門は、宮治さんがおっしゃったように、入門すると、登場人物が、職人・商人・ご隠居と全て出てくる【子ほめ】から習いますよね
【商人言葉・職人言葉を大切に・・・】
【言葉は、噺家の商売道具・・・】っていう事を常に言ってらした文治師匠・・・
まさに、【子ほめ】は、江戸言葉の訓練になっていたんですね♪
やはり、皆さんも【子ほめ】から習ったんですか?』
蝠:『【子ほめ】→【道具や】→?』
伸:『【子ほめ】→【道具や】→?』
当代文治:『【子ほめ】→【道具や】→私は、次になんと【二十四孝】を習いました♪』
【二十四孝】・・・十代目桂文治師匠の十八番ですね♪
スクリーン落語(映画で見る落語)で、先代の十代目桂文治師匠の【二十四孝】を東銀座の東劇で、見たこと有ります♪
蝠:『私や伸治が入門したばかりの、師匠から噺を習ったら頃は、まだ、【二十四孝】を師匠は持っていませんでした
この頃(蝠丸師匠や伸治師匠が入門したての頃)より、師匠文治は、【二十四孝】の練習を始めたんですよ♪
寄席で、練習で、【二十四孝】をよく演じていました♪』
・『【二十四孝】の寄席での練習と言えば・・・
以前、御徒町駅前に吉池って有りましたでしょ?
今は、ユニクロやらになってしまいましたが・・・
その吉池に寄席が合ったんですよ♪
建築物が消防法かなにかの制約で、毎週土曜日だけの週一の落語会、吉池寄席が有りました♪
吉池寄席に、師匠文治が出ていた時ですが・・・
文:『【二十四孝】でもやろうかなぁ〜♪(練習で・・・?)』って高座に向かうと・・・
客席の最前列のど真ん中に陣取ったお客様が・・・
客:『待ってました!』って声をかけてくれたんです・・・
普通、噺家は、高座に上がる時、声をかけて頂くと嬉しいもんなんですが・・・
文:『待ってました!じゃないよ!
ここは(吉池寄席)は、末広亭や浅草演芸ホールみたいに、良い芸人は、出てこないんだ!』って・・・
結果・・・【二十四孝】をやることなく終わり、持ち時間の20分間、その『待ってました!』って声をかけてくれた、最前列のお客様に、ずう〜っと小言を・・・』
応援・声援のつもりで、『待ってました!』って言っただけなのにねぇ〜♪
\(^o^)/
・『師匠は、博打がキライで、私ども弟子には、博打はヤルナ!って言っていましたが・・・
実は、師匠は、博打に弱かった♪
結構やっていたのかも・・・?
亡くなられた後、遺品を整理していましたら、師匠の日記が出てきまして・・・
『○月▲日・・・今輔さんとパチンコ♪一万円スル♪・・・』
なんて、書いてありました♪
博打は・・・本当に・・・弱かったんで・・・♪』
\(^o^)/
太:『その他では・・・何か思いでは?』
蝠:『私の初高座は、【子ほめ】を新宿の末広亭で・・・
その初高座をしている時に、末広亭の後方の入口から、着物姿の人が入ってきて・・・
それが、師匠文治だったんですが・・・
客席のお客様で、寝入ってしまっているお客様を片っ端から起こして回るんです♪
文治:『うちの弟子の初高座ですから・・・♪』ってね』
当代の文治師匠の初高座では・・・
当代文治:『客席の最前列のど真ん中に師匠が紙とペンを持って陣取っていました!
【子ほめ】の噺で、相手の年齢を実年齢より若く言う場面で・・・
目の前に師匠文治が居るので、緊張してしまい、『70才の方には、どう見ても、65・66才にしか見えません♪』って言うんですが・・・
緊張でこの言葉が出てこない!
最前列の師匠文治が・・・『65・66才!』って・・・』
\(^o^)/
・『他には、芝居(歌舞伎)をよく見なさいって・・・
歌舞伎役者の物真似・・・師匠文治は上手でしたよ〜♪』
\(^o^)/
・『【ラッキーおじいさん】♪
これは・・・師匠文治が住んでいた所から、寄席や落語会場へ西武線を使っていたんですが・・・
当時の女子高校生の間で、西武線の車内で、文治師匠を見かけると、ラッキーな事がある♪って・・・
そんな【ラッキーおじいさん】がレコードショップで売っている♪って噂が・・・
話をよく聞くと、売られているのは、カセットテープで・・・
師匠文治の落語のテープを販売していて・・・その事なんだなぁ〜♪
女子高校生は・・・師匠文治の落語テープを買って聞いたみたい?
女子高:『初めと終わりに音楽が入っていて真ん中は、【ラッキーおじいさん】のワケわからない独り言が・・・』
それって・・・出囃子が音楽で・・・
独り言が落語でしょ〜♪』
\(^o^)/
・『食べ物では、カンピョウが大嫌いで、太巻きなどを食べると・・・
カンピョウだけを、太巻きからコッソリ抜き取り、座布団の下に隠したりしていました・・・♪』
漏れたエピソードなども有りますが、聞き応えのある、座談会でした♪
\(^o^)/
桂 伸治師匠
【替り目】
マクラでは・・・
伸:『師匠文治の13回忌で・・・
ほぼ満員で・・・嬉しいです♪
先程の座談会・・・
あれが、真実ですから・・・
師匠文治については・・・13年経った今でも・・・未発表のものが、まだまだ有りますから♪』
先程の座談会だけでも、ちゃんとした会が成立しちゃいますもんね?
\(^o^)/
伸:『師匠文治は、お酒を飲むと・・・
陽気になって→スケベになって→寝ちゃう♪
シバラクすると、再び起きて復活する♪
師匠の酒は、よい酒でしたね♪』
こんなマクラから♪
【替り目】へ・・・
仲の良さそうな夫婦♪
亭主の『なんだ、まだ居たの?』まででしたが、噺を聞いていて、直ぐに終わっちゃった♪
って感じ・・・
噺に集中出来ていた?
上手に噺を聞かせてくれた?
いづれにしろ、好きな噺を楽しく聞かせてくださいました♪
桂 文治師匠 【豆や】
文治師匠が高座に上がった時点で、既に終演の時間が過ぎています♪
文:『pm 4:30に完全撤収なので、【らくだ】は・・・出来ません♪ 』
\(^o^)/
やはり・・・座談会で、しゃべりすぎた?
時間が・・・気になりますよね♪
文:『師匠文治は・・・落語芸術協会会長の任期(人気)中に亡くなりました・・・
会長を退いた後の役職も決まっていました♪
【相談役】・・・誰も相談役に相談しに行かないだろ〜♪
【顧問】・・・江戸弁について、非常に詳しい♪・・・【江戸小紋(顧問)】・・・』
\(^o^)/
こんなダジャレ?の後・・・
納豆・玉子・さつまいも・大根・お麩・金魚などなどの江戸の時代の物売りの掛け声から噺【豆や】へ・・・
メモ書きをギブアップして・・・
楽しく噺を聞いてまいりました?
十代目桂文治一門・・・
楽しい落語会でした♪
\(^o^)/
By HB
太田 博先生(司会) 【座談会】
三遊亭 小遊三師匠 十代目桂文治を語る♪
柳家 蝠丸師匠
桂 伸治師匠
桂 文治師匠(当代)
桂 宮治さん
圧巻でした♪この座談会♪
座談会だけで、40〜45分くらい
\(^o^)/
司会には、元?現役?朝日新聞社の古典芸能記事担当の太田博先生♪
十年くらい前に、十代目桂文治師匠の本を書かれて出版した事があるそうです♪
それに、先代の文治師匠とは、よく飲んだ仲間みたいです♪
太:『12年前の今日、1月31日に十代目桂文治さんが亡くなられまして・・・
通りがかりの小遊三師匠は、どのような思い出が・・・?』
舞台上には、座談会のパネラーの間間に先代の文治師匠の写真が三種類飾られています♪
小:『こういう、写真を見ますと・・・
そこらへんに、まだ、居るんじゃないか?ってね♪・・・』
太:『どのような芸人さんでした?』
小:『芸をおしまない師匠でしたね♪
【能ある鷹は爪を隠す】なんて言いますが・・・』
太:『先代の文治さんが、落語芸術協会の会長をされていた頃、小遊三師匠は、理事として、会長を補佐されていましたよね♪』
小:『会合などに、よく遅刻してきましたよねぇ〜♪』
この辺りから、誰の発言かは・・・?分からなくなってしまいますが・・・
・『遅刻って言えば・・・自分自身の十代目桂文治襲名披露の口上にも遅刻しましたから・・・』
\(^o^)/
・『口上に、列席してくださったのが、稲荷町の彦六師匠で・・・
遅刻で、襲名する、当人の文治の所が空席での、襲名披露に・・・
彦六師匠が言ってましたが・・・
彦六:『あたしゃ〜♪こんな口上やった事がない〜♪』って・・・』
\(^o^)/
・『遅刻するのも・・・
目の前に気になる事があると・・・
気がそっちにいってしまう♪
こんな事が有りました♪
ある日、寄席の出番が終わり、寄席を出て、すぐ側の喫茶店で、落ち着いていましたら・・・
店の前を師匠文治が通り過ぎました♪
店を出て、師匠に声をかけるのも・・・億劫でしたので・・・
その通り過ぎた師匠には、声をかけないで・・・
はぁ〜ヤレヤレって・・・♪
すると・・・店の前を通り過ぎた、師匠文治が、また、店の前を反対側に通り過ぎて行くんです!
ビックリしましたが・・・
なんと・・・師匠文治は、空きカン蹴りに夢中になってしまいました・・・』
・『何か気になる事があると・・・そこに意識が集中してしまうだね♪』
・『文治が亡くなった、1月31日ですが・・・
丁度、この1月31日までが、落語芸術協会の会長の任期でして、任期満了のその日に亡くなったんです!』
会長の重責を全うされたんですね♪
・『その後の、落語芸術協会の役員人事も、任期満了前に既に決まっており、亡くなる前日の1月30日に真打以上の弟子?協会員?が面会に行きました。
最後に会ったのは・・・それが最後でした』
太:『桂文治一門は、宮治さんがおっしゃったように、入門すると、登場人物が、職人・商人・ご隠居と全て出てくる【子ほめ】から習いますよね
【商人言葉・職人言葉を大切に・・・】
【言葉は、噺家の商売道具・・・】っていう事を常に言ってらした文治師匠・・・
まさに、【子ほめ】は、江戸言葉の訓練になっていたんですね♪
やはり、皆さんも【子ほめ】から習ったんですか?』
蝠:『【子ほめ】→【道具や】→?』
伸:『【子ほめ】→【道具や】→?』
当代文治:『【子ほめ】→【道具や】→私は、次になんと【二十四孝】を習いました♪』
【二十四孝】・・・十代目桂文治師匠の十八番ですね♪
スクリーン落語(映画で見る落語)で、先代の十代目桂文治師匠の【二十四孝】を東銀座の東劇で、見たこと有ります♪
蝠:『私や伸治が入門したばかりの、師匠から噺を習ったら頃は、まだ、【二十四孝】を師匠は持っていませんでした
この頃(蝠丸師匠や伸治師匠が入門したての頃)より、師匠文治は、【二十四孝】の練習を始めたんですよ♪
寄席で、練習で、【二十四孝】をよく演じていました♪』
・『【二十四孝】の寄席での練習と言えば・・・
以前、御徒町駅前に吉池って有りましたでしょ?
今は、ユニクロやらになってしまいましたが・・・
その吉池に寄席が合ったんですよ♪
建築物が消防法かなにかの制約で、毎週土曜日だけの週一の落語会、吉池寄席が有りました♪
吉池寄席に、師匠文治が出ていた時ですが・・・
文:『【二十四孝】でもやろうかなぁ〜♪(練習で・・・?)』って高座に向かうと・・・
客席の最前列のど真ん中に陣取ったお客様が・・・
客:『待ってました!』って声をかけてくれたんです・・・
普通、噺家は、高座に上がる時、声をかけて頂くと嬉しいもんなんですが・・・
文:『待ってました!じゃないよ!
ここは(吉池寄席)は、末広亭や浅草演芸ホールみたいに、良い芸人は、出てこないんだ!』って・・・
結果・・・【二十四孝】をやることなく終わり、持ち時間の20分間、その『待ってました!』って声をかけてくれた、最前列のお客様に、ずう〜っと小言を・・・』
応援・声援のつもりで、『待ってました!』って言っただけなのにねぇ〜♪
\(^o^)/
・『師匠は、博打がキライで、私ども弟子には、博打はヤルナ!って言っていましたが・・・
実は、師匠は、博打に弱かった♪
結構やっていたのかも・・・?
亡くなられた後、遺品を整理していましたら、師匠の日記が出てきまして・・・
『○月▲日・・・今輔さんとパチンコ♪一万円スル♪・・・』
なんて、書いてありました♪
博打は・・・本当に・・・弱かったんで・・・♪』
\(^o^)/
太:『その他では・・・何か思いでは?』
蝠:『私の初高座は、【子ほめ】を新宿の末広亭で・・・
その初高座をしている時に、末広亭の後方の入口から、着物姿の人が入ってきて・・・
それが、師匠文治だったんですが・・・
客席のお客様で、寝入ってしまっているお客様を片っ端から起こして回るんです♪
文治:『うちの弟子の初高座ですから・・・♪』ってね』
当代の文治師匠の初高座では・・・
当代文治:『客席の最前列のど真ん中に師匠が紙とペンを持って陣取っていました!
【子ほめ】の噺で、相手の年齢を実年齢より若く言う場面で・・・
目の前に師匠文治が居るので、緊張してしまい、『70才の方には、どう見ても、65・66才にしか見えません♪』って言うんですが・・・
緊張でこの言葉が出てこない!
最前列の師匠文治が・・・『65・66才!』って・・・』
\(^o^)/
・『他には、芝居(歌舞伎)をよく見なさいって・・・
歌舞伎役者の物真似・・・師匠文治は上手でしたよ〜♪』
\(^o^)/
・『【ラッキーおじいさん】♪
これは・・・師匠文治が住んでいた所から、寄席や落語会場へ西武線を使っていたんですが・・・
当時の女子高校生の間で、西武線の車内で、文治師匠を見かけると、ラッキーな事がある♪って・・・
そんな【ラッキーおじいさん】がレコードショップで売っている♪って噂が・・・
話をよく聞くと、売られているのは、カセットテープで・・・
師匠文治の落語のテープを販売していて・・・その事なんだなぁ〜♪
女子高校生は・・・師匠文治の落語テープを買って聞いたみたい?
女子高:『初めと終わりに音楽が入っていて真ん中は、【ラッキーおじいさん】のワケわからない独り言が・・・』
それって・・・出囃子が音楽で・・・
独り言が落語でしょ〜♪』
\(^o^)/
・『食べ物では、カンピョウが大嫌いで、太巻きなどを食べると・・・
カンピョウだけを、太巻きからコッソリ抜き取り、座布団の下に隠したりしていました・・・♪』
漏れたエピソードなども有りますが、聞き応えのある、座談会でした♪
\(^o^)/
桂 伸治師匠
【替り目】
マクラでは・・・
伸:『師匠文治の13回忌で・・・
ほぼ満員で・・・嬉しいです♪
先程の座談会・・・
あれが、真実ですから・・・
師匠文治については・・・13年経った今でも・・・未発表のものが、まだまだ有りますから♪』
先程の座談会だけでも、ちゃんとした会が成立しちゃいますもんね?
\(^o^)/
伸:『師匠文治は、お酒を飲むと・・・
陽気になって→スケベになって→寝ちゃう♪
シバラクすると、再び起きて復活する♪
師匠の酒は、よい酒でしたね♪』
こんなマクラから♪
【替り目】へ・・・
仲の良さそうな夫婦♪
亭主の『なんだ、まだ居たの?』まででしたが、噺を聞いていて、直ぐに終わっちゃった♪
って感じ・・・
噺に集中出来ていた?
上手に噺を聞かせてくれた?
いづれにしろ、好きな噺を楽しく聞かせてくださいました♪
桂 文治師匠 【豆や】
文治師匠が高座に上がった時点で、既に終演の時間が過ぎています♪
文:『pm 4:30に完全撤収なので、【らくだ】は・・・出来ません♪ 』
\(^o^)/
やはり・・・座談会で、しゃべりすぎた?
時間が・・・気になりますよね♪
文:『師匠文治は・・・落語芸術協会会長の任期(人気)中に亡くなりました・・・
会長を退いた後の役職も決まっていました♪
【相談役】・・・誰も相談役に相談しに行かないだろ〜♪
【顧問】・・・江戸弁について、非常に詳しい♪・・・【江戸小紋(顧問)】・・・』
\(^o^)/
こんなダジャレ?の後・・・
納豆・玉子・さつまいも・大根・お麩・金魚などなどの江戸の時代の物売りの掛け声から噺【豆や】へ・・・
メモ書きをギブアップして・・・
楽しく噺を聞いてまいりました?
十代目桂文治一門・・・
楽しい落語会でした♪
\(^o^)/
By HB
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